ーー全部うどんのメニューですよね。洋食びっくりってなんですか?
ご主人:カレーみたいなもんや。豚肉とねぎだけでな。
ーーカレーみたいですね。
ご主人:そうそうそう。カレーびっくりとカレー粉は一緒なんやけどな。
(いろいろ気になる…)
びっくりいっぱい!びっくりうどん!!
ここは元祖びっくりうどんとして有名な「麺類食堂いなばや」。カレーうどんが人気のお店。
松阪で車を走らせていると、よくカレーうどんの看板を目にする。なぜだろう。
考えてみればカレーうどんというのは、和風とエスニックが融合し、出汁とスパイスの絶妙なバランスが求められるなんとも複雑な料理。いつからか日本人の定番となり、今もなお人気メニューとして君臨し続けている。そこで今回は松阪のカレーうどん文化に触れてみることにした。
早速、老舗の貫禄に胸アツ。
入り口が2つあるのも気になる。
――いきなりですが、入り口はなぜ2つあるのですか??
ご主人:昔から2つあったよ。
ふわふわの帽子が可愛いいなばや三代目のご主人
大正15年創業のいなばやさん。創業時のメニューは普通のうどんやきしめん、日本そば。飲食店どころか食べ物自体が貴重だった頃からお客さんもびっくりのボリュームだった。
1杯の麺は二玉分ほど
ご主人:びっくりうどんという名前を付けたのは多分ひいおじいさん。びっくりうどんでようけ知ってもろて。配達の時に遠くから「おーいびっくりさーん!!」てお客さんに大きな声で呼ばれたり。もうびっくりするわな。
――実は以前に、松阪市飯南町にいらっしゃる88歳の牛飼いレジェンドを取材させて頂いた際、びっくりうどんの話が出ました。若かりし頃、育て上げた牛をひき、5時間半歩いて市場まで連れて行った帰りに、びっくりうどんを食べるのが唯一の楽しみだと。
ご主人:そうかぁ。昔は8の付く日が牛の市場やったんや。店の前やったんよ。近江の方からとかな、多くの人やったんやに。朝は早うからな。みんな帰りにうどん食べていくんさ。当時は店なんてあらへんから。一升瓶がようけ並んでたわ。昔は朝から晩までずーっとやっとったんやわ。
現在の営業はお昼過ぎまでだが、開店時間にびっくりする。
ご主人:今日は一番早い人で5時半にはもうおった。真っ暗やのになぁ。おはようって入ってきてくれてな。
――それもまたびっくりしますね。
ご主人:そう!!まだ真っ暗やからな。
いなばやには早朝から新聞配達や夜勤明けの方が訪れる。どうやら開店時間は特に決まっていないようだ。
4代目となる娘さん
店内を見渡すと、常連さんにとってここが日常なのがよくわかる。
注文は「いつもの」で通じる光景も。
――何年間くらい通われているのですか??
常連さん:週3、4で30年ではきかんなぁ。なぁ?
ご主人:きかんなぁ。
常連さん:ここは、なに食ってもうまいで。
そう。気になることが多すぎるけど、今日の目的はカレーうどん。
いなばやのメニューにハイカラなカレーうどんが加わったのは60年程前。今や店きっての人気になっているようだ。
――カレーうどんのこだわりは??
ご主人:こだわりってもんはあらへんなぁ。
具がたっぷり
お待ちかねのカレーびっくりが登場。ちょっと贅沢してえび天も付けた。
このボリューム伝わるだろうか。海老も大きいのだけど、それを感じさせないカレーびっくりのびっくり度。
圧倒されていると、常連さんが嬉しそうに「びっくりするやろ」と笑った。
ここで常連さんのおすすめにならい、えび天にソースを。
すりきり一杯のカレーうどんに乗せていただきます。
サクッとした衣がカレー出汁を吸う。えび天のソースがちょうど良い。コシの話などしてはいけない麺によく絡むカレー出汁。具もたっぷりだ。とにかくボリューム!!
恐らくだが、遠慮がちに書いてある「麺は通常の半分です」が適量と察した。
そういえば、カレーうどんにソースをかけるかどうかに正解はあるのだろうか。
ご主人:お客さんの方が慣れているからな。こっちからこうやって食べてなんて言うと、ぶつぶつ言うなって怒られるわ。
ノスタルジックな雰囲気のなかですするカレーうどん。今度は早朝に来てみたい。
これでもかってくらい鶏肉ゴロゴロなカレーうどん
続いて暖簾をくぐったのは、創業25年の「大にしうどん店」。松阪のカレーうどんの巨頭ともいわれるお店である。
お客さんの7、8割が頼むのはカレーうどん。
鳥カレーうどん
スーツでみえる人が多いのもあり、紙エプロン完備が嬉しい。
七味・天かす・葱をいれて。
大きめのレンゲに鶏肉とうどんを乗せ、
豪快に、粋に、たぐる。
コクのあるカレー出汁。柔らかな鶏肉がこれでもかってくらい入っている。玉ねぎのシャキシャキ感と甘み。昆布とカツオの出汁もきいていて、無限にツルツルいけちゃうやつだ。
鳥祭りだった
「親父が60歳手前で脱サラして、一緒に始めました」そう語ってくださったご主人。いつかうどん屋をやりたいというのがお父様の夢だったそう。
――当初からカレーうどんがこだわりだったのですか??
ご主人:そういうわけではなかったですね。こだわりは親父の味を守ることくらい。そもそもカレーうどんは”ありますよ~”程度だったのに頼まれる方がどんどん増えていったというか。
――松阪は何故カレーうどん多いのでしょうね。
ご主人:なんででしょうね。うどん屋が多いからですかね。
――そうそう、紙エプロンがあって助かりました。
ご主人:エプロンしても油断はできないですよ。頭とか髪の毛とか壁とか。絶対飛びますもん、あれ。もう仕方ない現象ですね。
なるほど、防ぎようがないのがよくわかった
――ところでカレーうどんにソースをかけるのは正解ですか??
ご主人:うちは好きなようにして下さいとしています。とんかつ乗せのカレーうどんには、ソースをかけている人が多いですね。
2軒目にしても、カレーうどんへの強いこだわりが出てこないというのがなんとも興味深い。またお客さんの食べ方にも寛容なのも印象的だった。
フランスパンが付く変化球なカレーうどん
3軒目にうかがったのは「さぬき饂飩徳八」。カウンター12席のみで昼には売り切れてしまうことも多い人気店。
子どもの頃から何となく将来は飲食と思っていたというご主人。香川でさぬきうどんの修行を経て、脱サラして開業したのがこのお店だという。
ご主人:もともとうどんが好きでした。ラーメンは才能、蕎麦は天性が必要。うどんくらいしかないかと思いましたね。
徳八の主力メニューはやはりカレーうどん。カレーうどんを始めたきっかけは何だろう。
ご主人:うちは今年で13年目。オープン2日目くらいまでは、親戚や知り合いが来てくれましたが、3日目には客が2人だけ。さぬきうどんにこだわっていたのですが、4日目にカレーうどんをやることを決めました。背に腹は代えられなかったという感じですね。松阪のソウルフードはカレーうどん。そう思うくらいよく食べているんじゃないですかね。松阪のうどん屋でカレーうどんをやっていないところはないと思うし、だからこそ食べる習慣があるんだと思います。
ソースは置いていない。察しました
スープの半分が豆乳で、トッピングにパクチーも選べる。変化球といわれる徳八のカレーうどん。
ご主人:好き嫌いがハッキリする味だと思います。10人にひとり、ここの味じゃないとという人がいればいいと思いました。それくらい白黒つける感じでカレーうどんを考案しました。変といえば変ですよ、うちのカレーうどんは。
塩へのこだわりも強い。自家製のうどんをこねる時に使うのはこだわりの自然塩。茹でやすい塩もあるという。
ご主人:茹でるというのは、お湯と塩が交換されいているだけ。塩が抜けてそこにお湯が入る。塩が溶け出すのが早ければ、その分茹でる時間が少なくて済みます。塩の溶け出しがよければ、麺が塩辛くならない。自然塩はそもそも海にあったもの。だから溶けるのが早い。化学塩との違いですね。
お客さんの年齢層が幅広い徳八。人気は徳八カレーうどんだ。
豆乳のまろみ。いりこやあご出汁の香り。辛めの豚ミンチが絶妙に合う。優しい自然な甘味と旨味が交じり合っている。天ぷらもサクサク衣が大きく薄く食感がいい。美味しい…。
うどんの甘味を出すために、砂糖はもちろん、味醂やワインも使っていないのだそう。
徳八のカレーうどんはフランスパン付き。改めてどんな炭水化物とも相性がいいカレーに敬意。優しいカレーのポタージュみたいだ。
ご主人:松阪は飲食店が多く、舌が肥えているお客さんが多いと思います。創業当時はとても暇で、毎日、今日で店を閉めようかと考えていましたね。オープンで借りた資金なんてすぐに底をつく。元職場の上司が東京からわざわざ店にきて「戻ってこい」と声をかけてくれることもありました。その後、運良くグルメブロガーの目に留まったり、雑誌に掲載されたりして、もうちょっと続けようかなという日々が続いて、3年目で空気が変わりましたね。今は夫婦二人でやっています。
麺をすすりながら、湯気の向こうに見える人情に思わずホロリ。
深い出汁の味わい。引き立てるスパイス。それでいて優しい甘み。
なぜ松阪にカレーうどんが多いのか。結局、明確な理由はわからなかった。しかし昔ながらのカレーうどんから、進化系カレーうどんまで、松阪にはまだまだ個性豊かなカレーうどんがありそうだ。
コッテリしすぎずサッパリしすぎない。シチューうどんでもなくハヤシうどんでもない。
結局カレーうどんに惹かれてしまうわけだけど、その明確な理由も多分ない。
【取材協力】
いなばや
三重県松阪市大黒田町184
tel 0598-21-1707
大にしうどん店
三重県松阪市川井町772-15
tel 0598-26-3315
さぬき饂飩徳八
三重県松阪市駅部田町753-1 的場ビル 1F
tel 0598-22-2338
【タイアップ・記事制作】
三重に暮らす・旅する
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